第96回アカデミー賞の授賞式が日本時間の3月11日に開催。WOWOWでは毎年恒例の独占生中継が行われる。映画ナタリーでは授賞式の魅力に迫る連載特集をお届け。第3弾では、SNSを中心に映画の情報を発信するライターのISO、米カリフォルニア出身・在住でアメリカのエンタメ事情や政治に精通したライター・竹田ダニエルが登場。マイノリティのストーリーに着目するオスカーの変化、今年のノミネートから見えてくること、そして緊迫するガザの情勢を踏まえた授賞式への期待と懸念を語ってもらった。
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取材・文 / 奥富敏晴
ライタープロフィール
ISO(イソ)
映画評や解説記事、音楽レビュー、旅行コラムを中心に執筆。劇場パンフレットに寄稿するほか、多数の媒体で活動している。
竹田ダニエル(タケダダニエル)
米カリフォルニア出身・在住、Z世代のライターとして注目を集める。著書に「世界と私のAtоZ」「#Z世代的価値観」がある。
アカデミー賞はいつから観てる?
──お二人はアカデミー賞をいつから意識するようになりました?
竹田ダニエル 子供ながらに話題に乗り遅れちゃいけないと思ってアカデミー賞の作品を観ることはありました。アメリカだと中学の頃から、グラミーやオスカーの授賞式の翌日になると話題に上ることが多くて。ひと昔前だと「ダークナイト」のヒース・レジャーが亡くなって助演男優賞を獲ったときは、すごく話題になってましたね。
ISO 僕は「タイタニック」が受賞したときなので、小学生の頃です。ミレニアル世代なので名もなきレンタルビデオ店にしょっちゅう行ってたんですけど、アカデミー賞と書かれている作品には当たりが多かった(笑)。
ダニエル 授賞式のノミネート紹介でクリップが流れるじゃないですか。例えば俳優賞だったらその俳優の、作品賞だったらその映画の注目のシーン。子供のときからちょっと気になる俳優や作品は、そういった短い映像でチェックしていました。
ISO ショーとしての魅力に気付いたのはここ10年ぐらいですね。授賞式を日本でも観られることをもともと知らなかったんですけど、結果以外のパフォーマンスとかMCとかファッションとか、メディアの反応がいろいろと面白い。
ダニエル 全部観ようと思うと大変ですよね。式が長いので断片的に観る人も多い。SNSで流れてきたものや自分が注目している作品の瞬間だけ観るとか。テレビや新聞といったメディアから、上から下へしか情報が流れてこなかったような時代と比べたら、どんどん民主化されていると思います。
アジア系の躍進
──ここ数年でもっとも印象的な授賞式は?
ダニエル 2010年代は白人中心的な年が多くて、構造的な差別が浮き彫りになっている状態が視聴者から批判され続けたサイクルでした。ここ数年はより多くの人が映画・エンタメ業界に人種やジェンダー差別の問題があるという事実を受け入れたうえで批判できるようになった。そういう変化を実感していて。個人的には去年の「エブエブ」(「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」)のミシェル・ヨーやダニエルズ監督らのスピーチは興奮して観ました。あとは「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督のスピーチとか。「パラサイト」の作品賞をきっかけにいろいろ変わったところが大きいと思います。
ISO 僕もここ数年でオスカーは一気に変わり始めたなって感じてます。印象に残っているのは、キー・ホイ・クァンが受賞した去年の助演男優賞。トロイ・コッツァーと一緒にプレゼンターを務めていたアリアナ・デボーズが発表の瞬間に声を震わせながら泣いていて。現地の肌感はわからないですけど、マイノリティが当たり前に受賞できて周囲が祝福する雰囲気に、日本にいる自分もうれしくなるような授賞式でしたね。
──竹田さんは実際にアメリカに住んでいるアジア系として、「パラサイト」や「エブエブ」の受賞をはじめアジア関連の作品が評価される近年の流れはどのように受け止めているんでしょうか。
ダニエル 今でこそK-POPを筆頭に、アジア発祥のカルチャーもメインストリーム的な人気がありますけど、アメリカでどれほどアジア系、そしてアジア関連のコンテンツが馬鹿にされてきたか。自分が子供の頃はアジア系の俳優やアジア系の物語を描いた作品も少なかったので、representation(多様性の表象)がほとんどない中、アジア系のステレオタイプが助長されるばかりでした。ここ数年の傾向を見ていると、アジア系をはじめにさまざまなマイノリティを描いた作品が当たり前に評価されるようになったこと自体に意味がありますし、アジア系がプライドを持って楽しめる作品が増え、「自分たちのような人がスクリーンに映っている」という経験をできるようになった。それと同時に、アジア系が映画業界で活躍できること、そしてアジア系と言っても多種多様な人生があるということが映画を通してより幅広い層に伝わるようになりました。
ISO ハリウッドでアジア系の躍進を感じたのは、2018年の「クレイジー・リッチ!」の大ヒットでしたね。
ダニエル 「クレイジー・リッチ!」は“英語がしゃべれないアジア人”ではなく、“英語圏の大富豪アジア人”という、いわゆる社会的強者としての「金持ちアジア人あるある」を、おそらく最初にメインストリームで描いた作品でした。アジア系同士のマウントやいざこざを描いた作品で、白人中心社会での差別を描いたわけではないことも成功の一因だったと思います。アジア系は自分たちをみじめに思わなくてよくて内輪ネタで笑えるし、白人も罪悪感を抱かずに観られた。そういう歴史を振り返ってみると、最近はアジア系の作品の中だけでも登場人物やストーリーの多様性が高まったなって思いますね。
──2021年には韓国系移民を描いた「ミナリ」もアカデミー賞で高く評価されました。
ダニエル 実は1982年の時点で「Chan is Missing(原題)」という映画では、すでにアメリカに移り住んだアジア系の多様性が描かれてるんですよ。昔からあるけど広く流通しているわけではなくて、あまりアクセスされてこなかった。私はコロナ以降の「Stop Asian Hate」や「Black Lives Matter」がアメリカ国内の人種差別を表面化する中で、特に若い人たちがアジア系アメリカ人としてのアイデンティティを改めて強く形成し始めたきっかけになったと思っています。「ミナリ」は特に、貧しい移民の苦労や辛抱を鮮明に描いたことで、移民で成り立っている「アメリカ」という国で脚光を浴びてこなかった国民の属性を可視化しました。ある意味「アメリカ人のストーリー」という枠組みの多様化とも言えると思います。
──なるほど。
ダニエル 移民の2世3世どころか、それ以降の世代もいるし、新しい移民もいる。「エブエブ」で例えるなら、移民の親がいれば、アメリカ生まれのクィアの娘もいる。一方で「クレイジー・リッチ!」のような超金持ちもいて、「パスト ライブス/再会」の主人公のように「ガリ勉オタク」のステレオタイプに当てはまらない人もいっぱいいる。アジア系と言っても多様化していて、いろんな経験やアイデンティティがあるのだから、それを反映した作品がたくさん出てきてもおかしくないですよね。
──「パラサイト」の受賞以降、毎年必ずアジア関連の映画が1本は作品賞にノミネートされていて。今年は竹田さんが言及された「パスト ライブス」が入ってますね。A24と韓国のCJ ENMが初めて共同製作した作品です。
ISO 日本では4月公開ですが、ひと足先に観ました。もともとラブロマンスは好きなんですけど、すごく成熟した三角関係の話。恋愛というほどではない、いわゆるメロドラマになっていかないあんばいがすごくよかったです。作品賞でがんばってほしいですけど、ただ、グレタ・リーが主演女優賞にノミネートされませんでしたね。もう少し評価してほしかった。
ダニエル 今年の作品賞だと私は「パスト ライブス」が一番好きでした。韓国のアイデンティティを持ちつつアメリカ人でもあるという複雑な感情が表現されていて。一部の人にしか共感できないかもしれないけど、そういうニッチな立場を表現できるのはすごいこと。韓国の歴史やアメリカとの関係を踏まえてなくても楽しめると思います。韓国系フランス人を描いた「ソウルに帰る」と一緒に観るのがお勧めです。
アカデミー賞はコメディに冷たい…?
──今年のノミネートをご覧になった率直な感想を聞かせてください。
ISO あまりサプライズがなかったのが正直なところで、作品賞にノミネートされるべき作品がされた印象です。個人的には「異人たち」がどの部門でもスルーだったのは納得がいってないですが。ただやっぱり監督賞ですね。グレタ・ガーウィグがノミネートされないのは、さすがにどうなんだ?と思いました。「バービー」は女性の監督による映画として史上ナンバーワンの大ヒット。ワーナー作品でも「ダークナイト」を抜いて歴代1位の成績。観客に愛されて話題性もあった。個人的に(マーティン・)スコセッシはもういいでしょ!って思いますし、新しい人にあげてほしいなって思いますね。
──スコセッシは今回で監督賞に10回目のノミネート、これは史上2番目の記録だとか。アカデミー賞はコメディに冷たいともよく言われますが、今年はどう思われますか?
ISO 社会性のある映画がノミネートされやすいので、コメディのハードルが高いのはありますよね。ただ「アメリカン・フィクション」はコメディ。
ダニエル そうですね。ばりばりのファミリーコメディ。映画業界のことも、出版業界のことも、アカデミアのことも、鼻で笑ってる(笑)。マイノリティが思っている本音など、わりとタブーだったようなことを言っていて、めちゃめちゃ面白い。
ISO 今回入った「アメリカン・フィクション」と「バービー」はコメディですが、どちらも人種、ジェンダーという構造的な差別を描いてもいるわけで。
ダニエル 「パラサイト」も笑える要素がけっこうありながら、貧困や格差を描いてました。アカデミーがシリアスなものを好む傾向はあると思うんですけど、それ以上にアメリカは映画オタクがシリアスで。
ISO どういうことですか?
ダニエル みんな(スタンリー・)キューブリックが好きみたいな(笑)。日本のFilmarksのようなLetterboxd(レターボックス)という映画のSNSがあるんですけど、やっぱり“レターボックス男子”とかいるわけですよ。「バービー」でもケンたちが映画についてマンスプレイニングを始めるシーンがあったじゃないですか。
ISO 「ゴッドファーザー」好きの(笑)。
ダニエル まさにあの感じでクラシックやマイナーな映画を知っていて、シリアスで一見わかりづらい高尚なアート作品が好き、みたいな。ノーラン監督の「オッペンハイマー」はそのシリアスな系譜をたどる作品ですよね。日本も構造は同じかもしれませんが、アメリカだと映画の議論をそういう人たちが牛耳りがち。メディアの問題でもあって、いまだ男性中心的だったり、女性の評論家には女性ならではの視点を求めてしまったり。それこそ今の時代はもうほとんどないと思いたいですけど、女性が中心になってムーブメントを作り上げた「バービー」は評価されづらかったという可能性もなくはない。
──今年はピンクの服や小物を身に着けて映画を観に行くバービー現象が話題になりました。
ダニエル ただ「バービー」はもちろん楽しい作品ですけど、私は女性の監督だから排除されたというより、映画として特別優れていたわけではないというところに着地したなと思っていて。実はプロットやセリフも賛否両論。アメリカ・フェレーラ演じるグロリアのモノローグやカーチェイスのシーンも、実際に胸を打たれた人も多いですが、あれはちょっと臭すぎる、脚本としてよくないといった指摘もあったんですよね。
ISO 確かに。バービーの映画なのに最後はケンの話になってしまっている部分もあるし、女性が謝るラストも違和感がありました。最終的にめちゃくちゃ面白かったライアン・ゴズリングが評価されて助演男優賞にノミネートされたのは、みんな納得してるんですかね。
ダニエル マーゴット・ロビーとグレタ・ガーウィグがノミネートされなかったことが反フェミニズムだとして盛り上がってしまって。でも候補から外れた人には「パスト ライブス」のグレタ・リーや監督のセリーヌ・ソンもいる。監督賞にはフランスから「落下の解剖学」のジュスティーヌ・トリエが入った。彼女たちを無視して、アメリカの白人女性だけを“フェミニズムの顔”とするのはよくない、といったところまで議論されています。
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